150 years of hamada : ten

【 天 】
天の
恵みを醸す

杜氏たちの探究心をくすぐる知の迷路

蒸留

蒸留酒は発酵した醪(もろみ)に熱を加え、アルコールを含んだ蒸気を冷やして液化したものです。つまり蒸発しない不純物を蒸留で取り除くことができます。薩摩では、こうした基本原理に則った2 種類の古式蒸留器が江戸期から明治にかけて広まりました。「ツブロ式」(アレキサンドリア型)は醪を羽釜に入れて直火で熱し、円錐状の蓋の内側で蒸気を液化させて、環状の溝に集めて取り出します。もう一つの「カブト釜式」(中国型)は羽釜に載せた木製甑(こしき)の上に、凹型の冷却鍋をかぶせて底面に焼酎を集める構造です。

どちらの仕組みも単純な蒸留なので、直火だと粘り気の多いサツマイモの醪は焦げやすくなりますが、独特な甘く燻した香りとコクのある風味を醸し出します。
羽釜の醪を加熱し続けると、湯気の成分が少しずつ変わり、やがて蒸留が終わります。蒸留に携わる者たちは江戸の頃から五感を養い、製造上の対処法をあれこれ編み出してきました。

加熱しながら最初に留出する原酒を「ハナタレ・初垂れ」と呼びます。アルコール濃度の高いハナタレは、香りが良く、愛飲家に人気があります。それに続く「本垂れ」になると芳香系成分が徐々に減少していき、最後の「末垂れ」になると留液のアルコール分は約10%まで低下し、蒸留が終わります。初垂れから末垂れまでの蒸留液をすべて合わせるとアルコール分約36~38%の焼酎原液となり、これをしばらく置いて落ち着かせます。芋焼酎の微妙な風味を決める際には、この流れを熟知した上でどのタイミングで蒸留を切り上げるかが肝心要となります。

濵田酒造発祥地の伝兵衛蔵では古式ゆかしい木桶蒸留器を用い、個性的な本格焼酎の逸品を生み出してきました。現在はボイラーによる蒸気が醪の加熱に使われているので、昔のような焦げ臭が原酒に残ることは少なくなっています。

【写真】傳藏院蔵の全自動蒸留装置は約4 時間で投入から排出まで行う。発生した焼酎粕は処理工場でメタン発酵させてバイオガスに変換、それを燃料にした蒸気を利用して省エネ効率向上を図る。

こうした伝兵衛蔵とは好対照なのが、串木野の近代的な傳藏院蔵(でんぞういんぐら) です。傳藏院蔵の自動プラントでは、コンピューター制御によって巨大な蒸留装置を稼働させています。より良い焼酎造りがつつがなく健全に進むように、杜氏たちの手や目の感覚をすべて機械に覚えさせ、それを再現しているのです。しかし、シンプルな構造の大型蒸留装置を使いこなし、同じ醪を蒸留したつもりでいても、いつも必ず同じ味になるとは限りません。そこが焼酎造りの不可思議さであり、携わる人々の探究心をくすぐる知の迷路でもあるのです。