【 天 】
天の
恵みを醸す
味わいを左右する熟成は、神のみぞ知る神秘
貯蔵
蒸留を終えた焼酎は出荷されるまで貯蔵・熟成されます。その間にも香りと味わいは刻々と変化し、3~6カ月経つと蒸留直後に残っていた独特な刺激臭が減少します。それからは香味成分が化学変化によりまろやかになり、3年以上熟成させると芳醇な風味と旨みがいっそう際立ってきます。一般に出回る焼酎は蒸留してほぼ1年以内に出荷されますが、焼酎の多様化が進むにつれて3年以上寝かせた長期貯蔵酒を積極的に手がけるメーカーも増えてきました。
芋焼酎は、原料由来の旨味成分である高級脂肪酸エチル類が、紫外線や高温により酸化すると油臭を生じやすくなります。そのため、直射日光を避けて低温に保ち、高いアルコール濃度のまま、タンクに満量で貯蔵するのが鉄則です。貯蔵には、ステンレス製や琺瑯(ほうろう)製の大容量タンクのほか、長期熟成用に昔ながらの陶器の甕(かめ)や木樽も活躍します。甕の場合は、表面を覆う無数の気孔の効果によって熟成を促し、甕特有の遠赤外線効果も手伝ってまろやかな風味を醸します。また木樽では樽材に含まれたリグニン物質やフェノール物質が溶け出して、バニラのような甘い香りや淡い琥珀色をもたらします。ただし、樫樽貯蔵のウイスキーと色合いが酷似しないよう、酒税法は色度に配慮しています。
【写真】江戸時代から続いた金鉱山の坑洞跡を利用した貯蔵庫では、甕による長期貯蔵焼酎「金山蔵」が、数年来、眠っている。
蒸留酒は樽に寝かせると旨くなるという一大発見がなされたのは、1700年代のスコットランド地方でのことです。密造のウイスキーをたまたまシェリー酒の空き樽に入れて山奥に隠しておいたところ、驚くほど美味な酒に変化していたのです。偶然がもたらした僥倖(ぎょうこう)でしたが、ここで蒸留酒の運命が大きく変わりました。
なぜ、蒸留酒は熟成させると旨くなるのでしょうか。一つは、高級脂肪酸とアルコールの反応でエステル類が生成される化学的変化。さらに、バラバラだったアルコールと水の分子が寄り集まってクラスターを形成する物理化学的変化があります。この二つが熟成の基本的なしくみですが、今なお謎を残す部分も多く、熟成は神のみぞ知る神秘だと言われています。
芋焼酎は謎めいた蒸留酒です。古いものほど貴重とする世界の蒸留酒の中にあって、唯一、新酒も珍重されます。蒸留したては飲むに堪えないのが普通なのに、芋焼酎は出来立てでも十分旨いのです。飲み方もじつに多様です。ストレート、ロック、水割り、お湯割り、そして燗酒。新酒も飲めば古酒も飲みます。これだけ多種多様な飲み方をしても、焼酎の味は決して損なわれることがありません。なぜなら、芋焼酎は水とアルコールのほかに0.3%ほどの微量な香味成分を含んでおり、この微量成分こそが本格焼酎の味を決めているのです。水やお湯で割っても味と香りのバランスが崩れないのは微量成分のおかげであり、各焼酎蔵はこのわずか0.3%をめぐってしのぎを削っています。
世界でも類を見ない多様な顔をもつ蒸留酒「本格芋焼酎」。異彩を放つ存在は、まさに天の恵みと形容するにふさわしいものです。
【写真】近代的な設備を誇る濵田酒造の傳藏院蔵では、麦焼酎「隠し蔵」がホワイトオークの樽で熟成を待つ。樽材はどの樹種にするか。何年熟成させるか。すべてはどんな香り・味わいの焼酎を目指すかで違ってくる。